sohomug’s blog

住宅ライターのちょこっと仕事からはずれた話

休み時間

朝散歩をしてたら、「キーンコーンカーンコーン」と小学校のチャイムが聞こえてきた。それで突然、小学校に入学したばかりだった娘が不満げに言った言葉を思い出した。

 

「学校ってな、せっかく遊んでるのにすぐに『キーンコーンカーンコーン』って鳴るねん」。

 

保育所育ちのせいか、3月生まれで何かと幼かったせいか、どうも娘は学校というものの実態をよくわかってなかったらしい。ただ私は娘のその言葉を聞いたときに、「確かにな!」とやたら感心したのだ。そしてひたすら「ほんまやなー」と同調していた。娘がどこで「授業時間」と「休み時間」の概念を獲得したのかは知らない。多分だいぶ後だっただろう。少なくとも私は教えた覚えがない。

 

そして芋ずる式に思い出したこと。娘の小学校時代に住んでいた家には小さな庭があって、前の住人が植えたアロエが生えていた。最近になって昔の家を懐かしんだ娘が、「あのアロエがよかったよなー。総合遊具で遊びすぎて手にマメがいっぱいできたとき、アロエつけてたわ」というのだ。全然知らなかった。小学生がアロエってー、と爆笑したのだが。

 

私が感じ入ったのはその遊び方の話だった。総合遊具というのは雲梯や滑り台やジャングルジム的なものが組み合わさったものなんだけど、その中の吊り輪を渡るのにハマってたらしく、しかも吊り輪を手放すタイミングでくるっと回したり、揺らしたりする「流れ星」とかいう技を会得するために毎休み時間、総合遊具にダッシュして練習に励んでいたのだという。

 

運動が大嫌いで、雲梯は一段も渡れない、登り棒は1センチも登れないという私には想像もできないこと。運動能力だけの問題ではない。私にはそのように自由な遊びに夢中になる、ということはなかった。それがダメだったと思うわけでもない。私は私で、パズルを解くように勉強するのが楽しかった。運動場に出ることや体を動かすことを半ば強制される休み時間より、授業時間のほうがラクだったかもしれない。

 

娘は国語も算数も理科も社会も苦手だったし、決められたことをする体育も課題を与えられて描く図工もみんなで一緒に歌う音楽も、あまり好きじゃなかったような気がする。好き嫌いがあったから給食も好きじゃなかった。娘の得意科目は休み時間だったんだと思う。